幅広い層に魅力的な最先端分子科学の普及(佐藤 宗太 先生)
化学コミュニケーション賞2023受賞者インタビュー
2024年12月掲載
東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 社会連携講座「統合分子構造解析講座」特任教授
分子科学研究所 客員教授
佐藤 宗太 先生
2023年の化学コミュニケーション賞を受賞した東京大学 社会連携講座「統合分子構造解析講座」特任教授、分子科学研究所 客員教授の佐藤宗太先生に、受賞の背景や活動内容についてインタビューしました。佐藤先生は、産学連携による研究や教育活動、特にVR-MDの開発や高校生への模擬授業など、多岐にわたって活動されています。本インタビューでは、受賞のきっかけやプロジェクトの詳細、教育に対する情熱、今後の展望についてお話を伺いました。
(インタビュー日:2024年10月3日)
化学コミュニケーション賞受賞について
——化学コミュニケーション賞のご受賞おめでとうございます。応募されたきっかけを教えてください。
佐藤先生:所属している学会のメーリングリストでこの賞の存在を知り、初めて応募しました。
——受賞の反響はいかがでしたか?
佐藤先生:東京大学の内外から多くの祝福の声をいただきました。同時期に工学部のBest Teaching Awardも受賞したこともあり、私の教育活動に対する高い評価を感じました。
——Best Teaching Awardについても教えていただけますか?
佐藤先生:これは、工学部の学生による授業評価に基づいています。授業評価が高い教員の中から、さらに工夫を凝らした授業を行っている教員が選出されます。私の場合、授業後に小テストを実施し、その中に任意で質問やコメントを記入できる欄を設けています。次回の授業でそのフィードバックを匿名で紹介し、詳細に回答しています。また、質問内容や授業内容を専門的に研究している学内外の教員にオンラインで授業に参加してもらい、直接説明してもらうこともあります。これにより学生とのコミュニケーションが一層密になり、これらの取り組みが評価されたのだと思います。私は、最終的に受講して良かったと感じてもらえる授業を目指しており、そのためには顧客満足度のような観点からもコミュニケーションが重要であると考えています。
——大学の授業でもコミュニケーションを重視されているのですね。こうした工夫を行うようになったきっかけは何かあったのでしょうか?
佐藤先生:高校生へ模擬授業を行った際、アンケートで「先生の熱意や研究の重要性は理解できたが、内容が難しくてわからなかった」と書かれていたことがきっかけでした。自分が理解していることを自分なりに説明しても、実際には十分に、いや、ほとんど伝わっていないことを強く感じました。そしてもしかしたら、東大生でさえ自分の授業が十分に伝わっていない可能性があることに気づきました。授業の内容をより多くの学生に理解してもらうために伝え方を工夫し、7割から8割の学生が「受けて良かった」と感じるレベルに引き上げる必要があると考えました。この気づきは、授業の質を向上させるための重要なステップとなりました。
VR-MDの開発と教育への応用
——化学コミュニケーション賞の受賞理由について、三つのポイントがあったとのことですが、順に教えていただけますか?まず、VR-MDについて教えてください。
佐藤先生:VR-MD(Virtual Reality - Molecular Dynamics)は、株式会社豊田中央研究所(豊田中研)との産学連携による共同研究で開発されたスマートフォン用アプリケーションです。豊田中研の技術と私の教育経験を融合させ、利益追求ではなく、他のグループでは実現不可能な、世界中の人々に幸福をもたらす新しいものをゼロから創出する企画として誕生しました。このアプリケーションは、分子の動きを立体的に視覚化し、さらに分子に触れることができるもので、教育現場での活用が期待されています。現在、トヨタ自動車株式会社が一般公開に向けて手続きを進めています。
——VR-MDの具体的な機能について教えてください。
佐藤先生:スマートフォンに市販の立体レンズを組み合わせたデバイスを使ったバーチャル・リアリティ(VR)による分子の立体視が可能となり、インタラクティブに分子を「触り、つまみ、引っ張る」ことができます。リアルタイムで分子動力学(MD)に基づいたシミュレーションが動作し、分子の動きや相互作用を視覚的・触覚的に学ぶことができます。
——開発の際に特に工夫した点はありますか?
佐藤先生:スマートフォンの限られた性能を最大限に活用するために、機能を絞り込み、必要最低限の精度で化学の概念を伝えることに注力しました。
——VR-MDの動画を拝見しましたが、分子をつまんで動かすことができるのは驚きました。
佐藤先生:そうですね。まさに世界初のシステムで、「未来が来たようだ」というコメントをいただくこともあります。
——MD計算がスマートフォンで動かせる時代になったのも驚きです。
佐藤先生:MDも高精度な計算を大規模に行う方向で進んでいますが、我々は逆に、スマートフォンのような簡易なCPUで伝えたい化学を広く様々な人に伝えるために敢えて機能を絞り込み、新しい価値を生み出そうとしています。MD計算の中でも異端児だと思います。
——開発は大変だったのではないですか?
佐藤先生:特にコロナ禍でのコミュニケーションが難しかったです。VRは実際に使ってみて初めてわかるものなので、感染症対策をしながらも定期的に会ってミーティングを重ね、プロトタイプを作り上げました。完全にゼロベースから始まり、目的をすり合わせてから1年で完成しました。特に、高校生向けの模擬授業に間に合わせるためのスケジュール管理が重要でした。豊田中研はフットワークが軽く、できないことは諦めて、できることに集中してくれる会社です。
——分子の動きを高校生や一般の方に説明するのは難しいですが、このアプリがあれば説明しやすくなりますね。
佐藤先生:分子は立体的で、常に動き続けているのですが、そのような分子科学は専門家にしか理解してもらえないことが多いですが、このアプリは理解を深めるための強力なサポートになると思います。VR-MDで分子を見てみようという話になると高校生たちも楽しんでくれます。
高校生への模擬授業
——次に2つめのポイントの「高校での模擬授業」について教えてください。
佐藤先生:東京都立武蔵高校で毎年模擬授業を行っていて、今年で13回目になります。私の高校時代の恩師が同校に赴任して、大学の先生を招いて最先端の学問を紹介する授業を開講した際に、私を招いていただいたのがきっかけです。授業では、Belousov-Zhabotinsky(BZ)反応や高吸水性ポリマーの実験、糖の旋光度の測定など、机上で実施可能な実験を取り入れています。スライドだけの授業では興味を持たない生徒もいるため、実験を通じて楽しみながら学べるようにしています。理論的な背景についても概略を説明しつつ、最先端の研究に関する内容にも触れています。また、電子顕微鏡やX線回折計を使った実験も行うこともあります。
——高校生を対象にした授業で電子顕微鏡やX線回折計も操作するのですか?
佐藤先生:統合分子構造解析講座では日本電子、島津製作所、リガクなどの企業と共同研究を進めており、彼らの協力で電子顕微鏡を高校の理科室に持ち込んで、高校生に実験操作をしてもらっています。卓上型の電子顕微鏡を使用すれば運搬が可能なんです。X線回折計は大学に来てもらって授業を開講する際に操作してもらいます。
——授業の中で工夫している点はありますか?
佐藤先生:化学は物質に触れることが本質であり、その楽しさや興奮を高校生にも感じてもらいたいと考えています。大学の教員が来ると高校生は緊張してしまい、コミュニケーションが取りにくくなることが多いです。例えば、「わかりましたか?」と尋ねても反応がなく、「わかりませんか?」と聞いても同様です。
——確かに、そのような状況はよく見受けられますね。
佐藤先生:そこで、「結晶すぽんじさん」のクリアファイルやぬいぐるみなどのグッズを用意しました。これらのグッズを質問してくれた生徒にプレゼントしています。
——それは素晴らしいアイデアですね。
佐藤先生:生徒たちに恥ずかしがらずに質問してもらうために、「科学の基礎スキルはコミュニケーションであり、質問は知りたいことを聞くだけでなく、コミュニケーションのきっかけとして重要である」と説明しています。例えば、「好きな食べ物は何ですか?」といった簡単な質問でも、場を和ませる効果があり、生徒たちが積極的に質問するようになります。
——今後の取り組みについて教えてください。
佐藤先生:教育活動でも産学連携を強化し、より多くの高校生に最先端の科学を体験してもらいたいと考えています。また、VRやARなどの新しい技術を取り入れ、よりインタラクティブな授業を提供していきたいと思います。化学の楽しさを伝えることで、将来の科学者を育てる一助になればと考えています。
結晶スポンジ法とキャラクターの活用
——最後に3つめのポイントの結晶スポンジ法のキャラクターを作成したきっかけを教えてください。
佐藤先生:結晶スポンジ法は、試料を結晶化せずに分子構造を解析する方法です。産学連携で企業とともに結晶スポンジ法を共同研究しています。結晶スポンジ法は難解ですが企業活動に直結するため、共同研究を円滑に進めるためには、企業内の経営層の方たちなど化学が専門ではない方、文系の方にも魅力的に伝える必要性を感じました。そこで、この技術を広めるためにキャラクター「結晶すぽんじさん」を作成しました。
——キャラクターのデザインについても教えてください。
佐藤先生:私が監修しながらデザイン会社と協力して作成しました。ただのゆるキャラではなく、サイエンス、特に最先端の化学を端的に説明できるように作り上げました。例えば招待講演で5分ほど説明しても、ふざけているとは言われず、よく考えられていると評価されるクオリティに仕上げています。 静止画だけではあまり表現されていませんが、アニメーションでは、空っぽのサイコロにもれきゅーるさんが入ると顔が変わるという形で、超分子化学のinduced fitによる分子のコンフォメーション変化および結晶スポンジの空間群の変化を表現しています。
(結晶すぽんじさんの紹介動画:https://www.youtube.com/watch?v=KLEYnz1WbpE)
サイコロはキラルなので、右手系と左手系のサイコロがあり、その区別ができることも結晶スポンジ法の重要なポイントです。
——キャラクターを使った活動の具体例を教えてください。
佐藤先生:「結晶すぽんじさん」のクリアファイルやぬいぐるみは、東大の生協第二購買部で販売されています。また、私の名刺にもデザインを取り入れており、QRコードを読み取ると統合分子構造解析講座の「結晶すぽんじさん」のウェブページに飛ぶようになっています。これにより、渡された人が何のキャラなのかわからなくても後からフォローできるシステムを構築しています。
笑い話ではありませんが、大学の教員は「ゼロから一を作る」のが仕事です。東大の150年の歴史の中で、研究室のグッズを生協で販売するのは初めてのことです。これは研究を紹介するキャラクターという価値観において「ゼロから一が生まれた」例の一つと捉えています。
——キャラクターを使った活動で特に反響があったものは何ですか?
佐藤先生:高校生向けの模擬授業で結晶すぽんじさんを使ったところ、生徒たちから非常に好評でした。キャラクターを通じて、化学の概念がより身近に感じられるようになったとの声が多く寄せられました。難解な最先端の化学を知るきっかけとなり、さらに興味をもってくれた生徒はより深く学ぼうと思ってくれるはずです。高校生たちが化学に興味を持ち、将来の進路として化学を選ぶきっかけになったという声もいただいています。
化学者への道
——化学者になられたきっかけについてお聞かせいただけますか。
佐藤先生:いろいろな要因があると思いますが、子供の頃から蝶が好きで、昆虫採集をしていましたし、家で卵から育てて羽化させることもしていました。自然に対する興味をもつきっかけだったと思います。
高校3年生の頃、硝酸銀から金属銀が析出する「銀樹」という金属樹を作る実験に興味を持ち、科学部に所属していなかったものの、昼休みや放課後に自主的に実験を行っていました。試薬や器具は恩師の先生が提供してくださり、ガラス器具は町のガラス屋さんに行って加工してもらったこともあります。その過程で、恩師の先生が「この実験をこういうふうに見せたら論文になりますね」と助言してくださり、日本化学会の雑誌『化学と教育』に投稿し、採択されました1)。この経験を通じて化学の面白さと、サイエンスの形を感じるきっかけとなりました。
1) 佐藤 宗太, 臼井 豊和, 守本 昭彦, 山口 晋, 重ね合わせたペトリ皿の隙間でつくる金属樹, 化学と教育,43 (1), 54 (1995).
——その実験についてもう少し詳しくご説明いただけますか?
佐藤先生:硝酸銀の溶液に銅を浸すと、銀イオンが金属に還元されて銀の結晶(銀樹)が析出する、というイオン化傾向に関する実験です。私は、ペトリ皿(シャーレ)どうしの隙間で小さな銅の薄片を使い、銀樹を育てる実験を行いました。シャーレのガラス板を挟むことで、使用する溶液量を大幅に減らすことができます。これにより、高価な硝酸銀の試薬を節約でき、高校の授業でも実施しやすくなります。従来はグループで実験を行っていましたが、この方法を用いることで各自が個別に実験を行うことが可能になります。また、シャーレを顕微鏡に乗せると、透過光で金属樹の成長過程を観察・撮影することができます。このように、銀樹の生成という既に知られている化学現象に関連し、「試薬代が高い・観察が困難」という問題点に注目して、シャーレで挟むといった新しいアイディアと取り入れて問題点を解決してみせる、ということが、サイエンスにおける「発見」のあり方なのだ、と身をもって体験しました。
——恩師との出会いが大事だったのですね。
佐藤先生:そうですね。恩師の先生との出会いがきっかけで化学者を目指すようになりましたので、次世代の科学者を育成することに非常に意義を感じています
——現在は化学者として多くの企業と協働もされていますね。
佐藤先生:現在は産業界の方と共同研究を行い、企業の研究者とコミュニケーションを取りながら新しいサイエンスや事業を起こす活動をしています。コロナ禍の中から始まったのですが、現在は10数社と共同研究を行い、150人ほどの企業の研究者とメールでやり取りしています。関係者全体では五、六百人に及びます。100人を超えると人間関係を把握しきれないと言われていますが、私はそれをうまく回せているのかもしれません。大学の教員でも、産学連携の活動をやりたい人、かつ、やれる人は限られているので、私ならではの活動ができているのかなと思います。
今後の展望と夢
—— 「化学コミュニケーション」の課題についてお聞かせください。
佐藤先生:化学はまだ宣伝の仕方や夢の見せ方が下手な分野だと感じています。もっと大判風呂敷を広げて、化学が持つ可能性や魅力を広く伝えることが必要です。特に若い世代に対して、化学の楽しさや価値を伝えることが重要だと思います。
—— 具体的にはどのような取り組みを考えていますか?
佐藤先生:高校生や一般向けのサイエンスイベントを通じて、化学の魅力を伝える活動を続けていきたいと考えています。また、産学連携を通じて、新しい教育プログラムや教材の開発にも取り組んでいく予定です。また、私は分子科学研究所の客員教授としても活動しており、50周年の記念イベントでの一般公開プログラムやサイエンスイベントにも参加する予定です。
——佐藤先生の夢についても教えてください。
佐藤先生:私の夢は、化学の魅力をより多くの人々に伝え、次世代の科学者を育成することです。特に、若い世代に対して化学の楽しさや価値を伝えることに力を入れていきたいと考えています。
——本日は貴重なお話をありがとうございました。
佐藤先生のインタビューを通じて、教育と研究に対する情熱と革新的なアプローチに深く感銘を受けました。産学連携を通じて新しい技術を教育に取り入れ、学生たちに化学の魅力を伝えることに尽力されています。また、授業では学生とのコミュニケーションを重視する姿勢も素晴らしいと感じました。一方、「結晶すぽんじさん」のキャラクターを活用して、化学の概念を親しみやすく伝える取り組みも非常にユニークです。
佐藤先生の取り組みは、次世代の科学者育成に大きく貢献しており、化学の魅力を広く伝えるその姿勢に心から敬意を表します。今後のさらなるご活躍を期待しています。
受賞者紹介
佐藤 宗太(さとう そうた)先生
2000年東京大学理学部卒業。2005年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)取得。2005年東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻助手。2007年同専攻助教。2010年同専攻講師。2012年〜2017年理化学研究所客員研究員(併任)。2013年東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR)准教授。2013年〜2019年ERATO磯部縮退π集積プロジェクトグループリーダー(併任)。2017年東京大学大学院理学系研究科化学専攻特任准教授。2020年東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻特任教授。2023年自然科学研究機構分子科学研究所客員教授(併任)。現在に至る。
2005年Chemistry Innovation UT GCOE Lectureship、2009年有機合成化学協会三井化学研究企画賞、2014年錯体化学会研究奨励賞、2015年科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞など受賞。