最先端科学技術を小中高校生に伝える活動(鬼村 謙二郎 先生)
化学コミュニケーション賞2023受賞者インタビュー
2024年12月掲載
山口大学大学院創成科学研究科
鬼村 謙二郎 教授
2023年の化学コミュニケーション賞 審査員特別賞を受賞した山口大学大学院創成科学研究科の鬼村教授に、受賞の背景や活動内容についてインタビューしました。鬼村教授は、ノーベル賞受賞者の講演会やサイエンスキャンプ、出前講義などを通じて、小中高校生に科学の魅力を伝える活動を行われています。これらの活動の具体例や苦労した点、今後の展望について詳しくお話しいただきました。
(インタビュー日:2024年9月6日)
化学コミュニケーション賞受賞について
——化学コミュニケーション賞のご受賞おめでとうございます。周りの反響はいかがでしたか。
鬼村先生:学内や研究室の卒業生の同窓会でも「受賞されていましたね」と言われて、これには驚きました。
——化学コミュニケーション賞はどちらでお知りになりましたか。
鬼村先生:私は高分子学会の会員で、学会からのメールでこの賞を知りました。このような賞があるのかと思い、日本化学連合のホームページを見て応募しました。
——ご活動を始めるきっかけを教えてください。
鬼村先生:山口県に住んで40年以上になりますが、地方で子供たちが科学に接する機会が少ないことが大きな動機になっています。また、私の子供が小学生や中学生のときに、家で化学実験をして喜んでいたことも一つのきっかけです。
——ご活動を始めて10年以上経ちますが、印象深いことはありますか。
鬼村先生:スプリング・サイエンスキャンプに参加した高校生がこれをきっかけに山口大学に2名が進学し、1名が私の研究室で修士号を取得し、もう1名が別の研究室で博士後期課程に在籍しています。また、山口大学工学部ではスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定高校から生徒を4~5名を研究室で受け入れて1年半の間に最先端研究を行うプログラムが有ります。これまでに研究室に受け入れたスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の生徒が医学部や他大学の薬学部に進学した例もあります。こうしたことはうれしいですね。
——それは素晴らしいですね。そもそも鬼村先生が化学者を目指したきっかけは何ですか?
鬼村先生: 私が小学校1年生か2年生のとき、兄や姉が「学研の科学」を読んでいて、その付録の試薬を使って実験をしていました。それが化学に興味を持つきっかけとなりました。親にビーカーや三角フラスコを買ってもらい、家でお酢や重曹を混ぜたりして遊んでいました。
——それが化学への興味を引き出し、大学で化学を専攻し、研究者としての道を歩むことになったのですね。
鬼村先生:そうです。小学校の時から実験が好きだったので、化学者として子供たちが喜ぶ姿を見るのが嬉しかったです。
ノーベル賞受賞者の講演会開催について
——化学コミュニケーション賞の受賞内容について教えてください。
鬼村先生:はい。最初の活動はノーベル賞受賞者の講演会の企画でした。2000年ノーベル化学賞受賞の白川英樹博士の講演会を2012年に開催しました。きっかけは日本科学未来館で白川先生にお会いしたことです。その際、山口県で高校生を対象にした講演をお願いしたところ快く引き受けていただきました。開催に当たっては山口県各地の教育委員会にも協力してもらいました。講演会には高校生を中心に、小中学生、大学生や一般の方にも来ていただきました。(写真1)
2019年には、2015年ノーベル生理学・医学賞受賞の大村智博士の講演会を開催しました。私は山口大学に赴任する前、相模中央化学研究所に在籍していました。そこに講演に来られた砂塚先生が北里大学で大村先生と同じ研究室だったことから大村先生にお話を通していただきました。大村先生とは直接の面識はありませんでしたが、講演を快く引き受けていただきました。この講演会も多くの方に来ていただきました。(写真2)
——講演会の反応はいかがでしたか。
鬼村先生:白川先生の講演では、通常電気を通さないプラスチックが電気を通すようになったという話が大きな反響を呼びました。一方、大村先生の講演では、先生が開発した医薬品が世界中の病気に苦しむ人々を減らしたという点が印象に残ったようです。地方ではノーベル賞受賞者の講演会は非常に貴重な機会ですので、一会場では入りきらず映像を別の講義室で同時視聴するくらい多くの方に喜んでいただけました。
スプリング・サイエンスキャンプの実施
——次にスプリング・サイエンスキャンプについてお聞かせください。
鬼村先生:スプリング・サイエンスキャンプは科学技術振興機構(JST)が助成する、高校生を対象とした科学技術体験合宿プログラムです。私は主責任者として開催しました。2014年に初めて応募したにもかかわらず採択され、2015年3月に2泊3日で実施しました。(写真3、4)
——サイエンスキャンプではどのようなことを行いましたか。
鬼村先生:導電性高分子やエレクトクロミズムに関する実験や勉強会を行いました。例えば、透明電極のITOガラスの表面に導電性高分子膜を電気化学重合によって合成して、この導電性高分子膜に電気を流すと色が変わるエレクトクロミズムの実験を行いました。全国から集まった12名の高校生たちは実際に手を動かして実験を行い、その原理についても詳しく説明しました。高校生はある程度化学を習っているので、導電性高分子やドーピングによる酸化還元で色が変わる原理まで話しました。色が変わるというのは見た目でわかりやすいですし、私自身もこのような実験が好きですね。
——苦労した点は何かありましたか?
鬼村先生:高校生にとっては難しい内容を分かりやすく伝えることが一番の課題でした。そこで、山口大学工学部の近くにあるSSHの高校の先生にサポート役として参加してもらい、難しい内容をかみ砕いて説明してもらうようにしました。専門的なことを大学生に説明するのは比較的簡単ですが、専門的なことを習っていない高校生に説明するのは難しいのでとても助かりました。あと、イベントの参加者募集はやはり大変です。どのようにしたらこのイベントが全国の高校生に伝わるかについて、私にはあまり経験がなかったので、大学にも協力してもらいました。
——このキャンプの開催は1回だけですか?
鬼村先生:このJSTのサイエンスキャンプは2015年が最後になってしまいました。残念です。
職場体験学習
——職場体験学習について教えてください。
鬼村先生:山口県では中学生や高校生を対象にした職場体験学習が積極的に行われています。例えばケーキ屋さんや海上保安庁の船を見学したりします。現場で体験するというのはとても大事なことです。私は高校生を対象に出前講義を年に2,3回行っています。出前講義では座学の講義だけではなく、こちらからいろんな道具や実験器具を持ち込んで高校生に実験をしてもらうようにしています。(写真5)
——高校生の反応はどうでしたか。
鬼村先生:非常に好評でした。例えば、ペットボトルに入った液体を振ると色が変わる実験は非常に盛り上がりました。
——その他のご活動はいかがですか。
鬼村先生:私の研究室の訪問を希望した中学生には有機ELの作製工程を体験してもらいました。手を動かして電気を流して光るっていうのは面白かったみたいです。
山口化学展2017~おもしろワクワク化学の世界~の開催
——山口化学展についてもお話しいただけますか。
鬼村先生:日本化学会中国四国支部の主催で、2017年に山口化学展2017~おもしろワクワク化学の世界~を開催しました。私が実行委員長を務めました。企業や大学が23種の実験ブースを設け、朝からひっきりなしに3日間で約3500人が来場しました。(写真6、7)
——約3500人の来場とは、どのような場所で開催されましたか。
鬼村先生:郊外の大型ショッピングセンターのイベント大ホールです。山口県は車社会で無料駐車場はとても広く、遠方からでもアクセスしやすいので利用しました。また買い物目的でショッピングセンターに来た方も興味津々で参加されていました。
——事前に何か宣伝をされましたか。
鬼村先生:地元の新聞やラジオで取り上げていただきました。それもあって大盛況でした。後でスーパーの担当者に聞いたところ、この3日間で売り上げが10%アップしたそうです。
——具体的にはどのようなブースがあったのですか?
鬼村先生:山口大学、山口東京理科大学、宇部高専、宇部高校、徳山高校、日本ゼオンや武田薬品、トクヤマなど山口県内にある学校や企業が化学実験を体験できるブースを設けました。参加者は実際に手を動かして実験を行い、科学の楽しさを体感してもらいました。また、各社にご協力いただいてスタンプラリーの商品を提供いただきました。ちなみに、出展されていたトクヤマの化楽くらぶは2019年に化学コミュニケーション賞を受賞されているので、今回の受賞で繋がりを感じています。
コロナ禍での活動
——コロナ禍でのご活動についても教えてください。
鬼村先生:2020年から2021年にかけて、コロナの影響で多くのイベントが中止されました。このような状況で山口県が音頭を取って、オンラインで実験やワークショップを行う企画が持ち上がりました。そこで地元のテレビ局と協力して、親子が一緒に参加するオンラインイベント「カジダン」と「オモカジ」を2021年に実施しました。ちなみに「カジダン」とは家事を楽しみ、積極的に取り組む男性のことです。
——具体的にはどのような内容だったのでしょうか。
鬼村先生:浸透圧や界面活性剤についての実験を行いました。「浸透圧」のテーマでは人工イクラを作り、「界面活性剤」のテーマでは手洗いに使用する石鹸や、掃除に使用する重曹やクエン酸などの働きを説明しつつ、重曹が主成分のベーキングパウダーを利用したマグカップケーキを作りました。オンラインでの実験は画面越しでは面白さが伝わりにくいので、事前に実験キットを自宅に送付し、参加者が自宅で実際に実験を行えるようにしました。20組くらいの親子が参加し非常に好評でした。(写真8)
——オンラインでの実験で苦労した点や気を付けていた点はありますか。
鬼村先生:オンラインでの実験は、対面と違って直接指導ができないため、事前に実験キットを送る際に安全対策を徹底しました。危険な試薬を使わず、薬品が入っている瓶の蓋が開かないようにするなど、安全面に配慮しました。また、ガラス製器具ではなくプラスチック製を使用するなど、様々な工夫を凝らしました。
——その後もオンラインでの実験を続けられたのですか。
鬼村先生:はい、2022年も「家事」をテーマにしたワークショップ「オモカジ」を行いました。今回は光関係の実験を取り入れ、蛍光材料を使った洗剤の実験などを行いました。これも非常に好評でした。
——コロナ禍でもこうした活動を続けられたのは素晴らしいですね。
鬼村先生:オンラインでの楽しみ方を模索し、実際に手元で実験を行うことで、参加者にとっても非常に有意義な体験となりました。
一方、2021年と2022年には山口県の外輪団体と協力して、子供たちが体験できるワークショップを開催しました。紫外線やUV硬化剤を使ったアクセサリー作りなどを行い、子供たちにとっても楽しい体験となりました。(写真9)
最近の活動と今後の夢
——最近のご活動について教えてください。
鬼村先生:9月1日に山口県で唯一の科学館である防府市青少年科学館ソラールで特別講座を実施しました。有機ELを作製する実験を行い、小学生などに化学の魅力を伝えました。(写真10,11)
——具体的にはどのような工夫をされたのですか。
鬼村先生:日本科学未来館で白川英樹先生が実施している特別実験教室を参考にして行いました。また電極を作成するは難しく、白川先生に実験のコツを教えてもらいました。今年の3月、近隣の慶進高校や宇部高校の生徒の皆さんに実験をしてもらった際には、有機ELが光る割合が最初は約40%でした。その後、改善を重ねて75%まで光るようになりましたが、光らない生徒もいました。更に試薬の量や実験手順を何度も見直し、最適化を目指しました。今回の特別講座でも光らなかったらどうしようかと心配していましたが、参加者全員の有機ELが100%光ったので成功体験を得ることができ良かったです。
——今後の活動について教えてください。
鬼村先生:年に2、3回はソラールでの特別講座を続けていきたいと考えています。子供たちが化学に興味を持ち、将来の進路に役立ててもらえるような活動を続けていきたいです。
——小中高生に化学をPRするにあたり、産業界はどのような支援を期待されますか。
鬼村先生:日本化学会や高分子学会、応用物理学会などで、科学実験クラブのような高校生向けの企画が多く行われています。ただ、発信力が弱く、これらの活動を行っていることがあまり知られていません。発信力のある産業界の皆さんのルートでも、これらの活動を行っていることを発信して頂けたらいいなと思います。
——ご意見ありがとうございます。最後に、鬼村教授の夢について教えてください。
鬼村先生:私の活動により子供たちが喜び、その経験が記憶に残ることで、化学の道に進んでもらえると良いと思います。私自身は化学が専門ですが、化学だけでなく、物理や生物など他の分野にも興味を持ち、総合的に学んで何かを達成してもらうのが夢です。
——本日は貴重なお話をありがとうございました。
鬼村先生のお話を伺い、特に感銘を受けたのは、科学の魅力を次世代に伝えるための情熱と具体的な取り組みです。ノーベル賞受賞者の講演会の企画やスプリング・サイエンスキャンプ、オンライン実験教室など、多岐にわたる活動を通じて、子供たちに科学の楽しさを伝え続けている姿勢には深く感動しました。
また、コロナ禍においてもオンラインでの実験教室を実施し、親子で参加できるプログラムを提供するなど、柔軟な対応力とオリジナリティあふれる活動には敬意を表します。鬼村先生のご活動が、未来の科学者を育てる一助となり、子供たちの夢を広げるきっかけとなることを心から願っています。
受賞者紹介
鬼村 謙二郎(おにむら けんじろう)先生
1993年九州大学大学院総合理工学研究科博士課程分子工学専攻修了。博士(工学)取得。1993年相模中央化学研究所研究員。2010年山口大学大学院理工学研究科准教授。2014年山口大学大学院創成科学研究科教授。現在に至る。
2000年高分子学会研究奨励賞、2003年有機合成化学協会研究企画賞など受賞。