化学を通じて国籍の異なる仲間とつながる絶好の機会
2017 SciFinder Future Leaders プログラムに参加して
2017 年 12 月掲載
東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 博士後期課程 岡本研究室
梁瀬 将史 (やなせ まさふみ) さん
米国化学会の情報部門 CAS が主催する 2017 SciFinder Future Leaders プログラムが 2017 年 8 月、米国オハイオ州コロンバスで開催されました。多くの応募者の中から今年も日本の大学院生が選出されました。プログラムに参加した東京大学の梁瀬さんに、プログラムについて伺いました。
——梁瀬さんの研究テーマと SciFinder の普段の活用法を教えてください。
梁瀬さん: DNA・ペプチド・タンパク質をはじめとする生体高分子を化学合成し、in vitro での機能解析、および細胞内での局在や動態を解析し、制御する研究を行っています。SciFinder は、化合物や反応の探索、文献調査に用いています。
——プログラムに申し込まれたきっかけと動機を教えてください。
梁瀬さん: Chem-Station で毎年プログラムの紹介記事を読み、興味を持っていました。さらに大学の専攻の同期である茂垣里奈さんが昨年度のプログラムに参加していて、大変興味深い体験談を聞いていたので、今年はぜひ応募してみたいと思っていました。
——プログラムへの参加決定後、周囲からどのような反応がありましたか?
梁瀬さん: プログラムに応募していたことは周囲の人に黙っていたので驚かれ、そして羨ましがられました。オハイオ州近辺に留学している大学の先輩と、せっかくの機会なので渡米中にお会いする約束をしました。
——どのようなプログラムでしたか?
梁瀬さん: プログラム前半はオハイオ州コロンバスの CAS を訪問し、新製品の企画や CAS のデータベース作成過程の説明など、多岐にわたるプログラムに参加しました。プログラムの合間には、メンバーや CAS のスタッフとの食事を楽しみました。後半はワシントン DC に移動し、ACS 本社でいくつかのプログラムに参加した後、米国化学会年会 254th ACS National Meeting & Exposition に参加しました。
——参加メンバーについて教えてください。
梁瀬さん: アメリカ・イギリス・中国・オーストラリア・ドイツ・オランダ・シンガポール・カナダ・イスラエル・韓国・インド・マレーシア・ブラジル・日本の計 14 か国から 22 人のポスドク・博士課程の学生が参加しました。専門分野は有機合成化学、無機化学、物理化学、計算化学といった様々な分野にわたっていました。日頃の研究生活における現状や不満をシェアし、プログラムで得られた知識を自分の研究生活に活かそうという意識で参加しているメンバーが多かったです。
——どのようなディスカッションが行われましたか?
梁瀬さん: CAS および ACS の各ディビジョンの担当者が議題提起や司会進行を行い、プログラムの参加メンバー全員で意見を出し合う方式で行われました。小グループに分かれて意見をまとめた後、グループ間での意見を共有し合う方式と、オープンディスカッション形式の二つの形式がありました。意見を述べる時は、皆冷静で、同時に相手の意見を尊重しあっている印象を受けました。
——ディスカッションで印象に残っているトピックスをご紹介ください。
梁瀬さん: 小グループに分かれて、大学教員・ポスドク・博士学生・学部生の抱える問題やその解決策に関する意見交換を行ったのですが、日本と共通する課題等がある一方で、全く異なる問題点や解決策があり興味深かったです。日本では助教は PI(Principal Investigator、主任研究員)ではないため、PI と衝突する問題がありうるのですが、他の国ではその問題点を述べている人はいませんでした。
——ディスカッションで、梁瀬さんにとって新たな発見はありましたか?
梁瀬さん: ACS Omega (ACS が出版する化学系のオープンアクセス誌) の Editor-In-Chief である Dr. Ganesh が論文投稿の際に気を付けるべき点についてお話してくださった際のディスカッションが自分にとって非常に有意義でした。Dr. Ganesh が「投稿するジャーナルを決定する際はインパクトファクターよりも研究内容を重視すべき」と発言された際に、メンバーが次々と「実情はインパクトファクターの高いジャーナルに投稿しないと読んでもらえない」と述べて白熱した議論になり、若手研究者が抱える問題は万国共通であることを肌で感じられ、大変印象的でした。
—— CAS スタッフとのディスカッションについて、どのような印象を持たれましたか?
梁瀬さん: CAS スタッフの皆さんが、私たちの意見を実際に CAS 製品へ活かそうとしている熱意が強く感じられました。私たちの意見すべてに耳を傾けてくれ、逐一メモを取っていたことをよく覚えています。
——今回のプログラムで SciFinder や CAS のデータベース作成など、情報検索において新たな知見は得られましたか?
梁瀬さん: 一番驚いたのは、データベースのインプットがすべて手作業で行われていたことです。誰もがなぜ自動入力にしないのか疑問に思っていましたが、SciFinder が対応している文献は英語だけではなく、ドイツ語、日本語、ロシア語、韓国語等くまなく網羅しているそうで、それらに対応可能である優秀な CAS スタッフの力量に比べると、機械での自動入力はまだ対応できていないのかなと感じました。
——ディスカッション以外のアクティビティはいかがでしたか?
梁瀬さん: コロンバスでは、綺麗な庭園での食事やレトロなゲームが楽しめるバーでメンバーと交流を深め、非常に楽しめました。ワシントン DC では、空き時間に観光して、歴史的文化財に触れてきました。
——米国化学会秋季大会では何をされましたか?
梁瀬さん: 通常の学会と同様に、自分の分野に関連する講演を聞き、ポスターセッションに参加し、さらにExposition (展示会) を見学しました。
——米国化学会秋季大会についてご感想をお聞かせください。
梁瀬さん: 日本では中々聞くことのできない著名な教授の講演を直接聞くことができて、大変エキサイティングな体験ができました。自分の分野に近いところでは、タンパク質の酸化的ラベリングの Francis 教授、グリコケミカルバイオロジーの Bertozzi 教授、その他自身とは異なる分野では、Baran 教授の発表や昨年ノーベル化学賞を受賞した Stoddart 教授や Feringa 教授の講演を聞くことができました。また、発表内容を見ていると、日本に比べて目的意識が明確で、共同研究が多い印象を受けました。
——様々な国からの参加者との交流はいかがでしたか?良い関係を築けましたか?
梁瀬さん: エネルギッシュなメンバーが多く、非常にエキサイティングな毎日でした。参加者の中には日本の研究グループと共同研究をしている人もいて、来日する際は私に連絡すると言ってくれました。自分の関連分野の研究をしているメンバーとは、近いうちに開催される学会でぜひ会おうと約束しました。
——CAS の参加者に対する姿勢についてお聞かせください。
梁瀬さん: オーガナイザーである Peter をはじめ、CAS スタッフには大変お世話になりました。最終日のディナーで Peter には、参加者全員で寄せ書きとプレゼントをお渡ししました。
——本プログラムを経験したことで、梁瀬さんご自身の中に変化はありましたか? また今回の経験を、将来どのように生かしていきたいですか?
梁瀬さん: 自分の価値観が大きく変わりました。私はこれまでに留学経験などは一切なく、プログラムの前半では特に戸惑うことが多かったのですが、合理性を重視する考え方や自分の意見を躊躇なく主張する重要性を学びました。将来的には、外国に滞在・訪問する際、特に外国人研究者と一緒に活動する場合に今回の経験を活かしていきたいです。
——次回プログラムに参加しようと考えている学生・博士研究員にメッセージをお願いします。
梁瀬さん: 少しでも参加したいと思うすべての人に強くお勧めします。飛行機やホテルといった旅程に関するすべての手続きは CAS で行ってくださるので、参加者の負担はかなり小さいです。自分の場合は、日本の現場において英語でディスカッションする機会が圧倒的に不足しており、自分の意見を満足に伝えることができない場面が多々あったので、英語はいくらでも練習していった方が良いです。
——上記項目以外で、強く印象に残ったことをお聞かせください。
梁瀬さん: 国籍が異なる人が多かったため、随所にお国柄が垣間見えた一方で、日本人として自分を見つめ直すいい機会になりました。食事の好みや文化は東アジアの参加者と共通点が多かったです。国籍の異なるあるメンバーと別のメンバーは、彼らが交流することを政府が禁じているらしく、メールのやり取りすらできないそうなのですが、帰国後も絶対に連絡を取り合おうと言っていて、SciFinder Future Leaders プログラムは国境の壁すら超える事ができると感じました。
また、ワシントン DC では、少し小道に入ると治安が悪く、また宿泊していたホテル近辺に爆弾が仕掛けられたという誤情報があったせいで周囲の道路が封鎖されたなど、アメリカらしさを実感することもできました。
——プログラムに対するご意見・ご要望などありましたらお知らせください。
梁瀬さん: これまでの参加者も述べておりますが、世界最高峰の学会へせっかく参加できるので、プログラムの参加者も学会発表できるようにして頂けるとありがたいです。ただメンバーの中には、プログラムへの参加決定後に、締め切りは過ぎていたものの学会本部に問い合わせて発表した人もいたようです。来年以降の参加者の参考になれば幸いです。
——ところで、梁瀬さんは箱根駅伝の予選会に出場経験があると伺いました。ご多忙な研究生活の中で、研究と競技を両立させるのにご苦労も多いかと存じます。両立のコツ、研究と競技の共通点など、教えていただけますか?
梁瀬さん: 私は幼少期から陸上競技 (長距離) をやっていて、今年で 8 回目の箱根駅伝予選会の出場 (学部時代 4 回、大学院時代 4 回) でした。普段は研究で練習時間を満足に取ることができず、休日や平日の早朝に練習していることが多いです。結果が出なくてもコツコツ努力する必要があり、最終的に体力勝負になるという点は研究にも通じるものがあると感じています。
JAICI: 学業との両立は素晴らしいですね。今後の参加希望者の学生の皆さんにも大変参考になるメッセージを頂き、ありがとうございました。これからのご活躍をお祈りいたします。
CAS について
CAS は米国化学会 ACS (American Chemical Society) の一部門で、世界各国の科学雑誌、特許、その他資料から化学関連文献の索引・抄録を作成・提供しています。本拠地は米国オハイオ州コロンバスにあります。
CAS は冊子体 Chemical Abstracts (CA) からオンラインデータベースへと時代に合わせてシステムを進化させながら、世界中の科学者の研究・開発活動をサポートしています。