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研究者としてのターニングポイントになる唯一無二のプログラムです

2024 CAS Future Leaders プログラムに参加して

2024 年 10 月掲載

東京農工大学大学院工学研究院 応用化学専攻 村岡研究室

特任助教・日本学術振興会特別研究員(JSPS-CPD)

森 圭太(もり けいた)さん

CAS Future Leaders は世界中の情報検索に興味があり CAS SciFinder® を日々活用している化学分野の博士研究員・大学院生を対象とした情報交換プログラムです。

CAS本部にて2024 CAS Future Leadersプログラム参加メンバー(森さんは最後列右から4番目)

米国化学会の情報部門CASが主催するCAS Future Leadersプログラムが、2024年8月に米国オハイオ州コロンバスで開催されました。将来の化学界を担うリーダーを育むこのプログラムの参加者として、日本からただ一人選ばれた東京農工大学の森さんにお話を伺いました。

——森さんの研究テーマとCAS SciFinderの活用法を教えてください。

森さん: 学部から博士課程では、非天然型の核酸塩基を導入した人工DNAを用いて、特定の金属イオンに応答して構造が変化するDNA超分子の開発に携わりました。2023年からポスドクとして所属している現在の研究室では、タンパク質フォールディングの動的な過程に興味を持ち、それを促進する人工分子を開発しています。特に、金属ストレス下で起こるタンパク質のミスフォールディングや凝集を抑制し、正しい天然構造へのフォールディングを促進する技術の開発を目指しています。

 CAS SciFinderは、新しい化合物を設計した際にその化合物が既報かどうか、また新規化合物であれば類似化合物はあるのかどうかを確認するために利用しています。また、設計した化合物の合成ルートを検討するために、その化合物の関連する反応を検索することもあります。

Mori, K; Takezawa, Y; Shionoya, M. Metal-dependent base pairing of bifacial iminodiacetic acid-modified uracil bases for switching DNA hybridization partner. Chem. Sci. 2023, 14, 1082-1088.

Takezawa, Y; Mori, K; Huang, WE; Nishiyama, K; Xing, T; Nakama, T; Shionoya, M. Metal-mediated DNA strand displacement and molecular device operations based on base-pair switching of 5-hydroxyuracil nucleobases. Nat. Commun.. 2023, 14(1), 4759.

Mori, K. Metal-Responsive Base Pair Switching of Ligand-Type Uracil Nucleobases. Book Series of Springer Theses. 2024.

——プログラムに申し込まれたきっかけと動機を教えてください。

森さん:きっかけは、昨年CASから届いたメールです。それまでこのプログラムのことは知りませんでしたが、海外へ何度か短期留学したこともあり、海外とつながれるチャンスがあれば積極的に挑戦したいと考えていました。また、プログラムの後半に憧れの米国化学会秋季大会に参加できることも応募の動機になりました。

——プログラムへの参加決定後、周囲からはどのような反応がありましたか?

森さん:CAS Future Leadersプログラムのホームページなどで顔写真やプロフィールが紹介されるなど大きく取り上げられたこともあり、研究室や周りの人たちは「すごいプログラムに選ばれたんだね!」と驚いていました。

——どのような方が参加されていましたか?

森さん:来年度からラボを持つようなポスドク経験を充分積んでいる人がいるかと思えば、2000年生まれという学生もいたようで、経験や年齢は幅広く、また、国籍も多様でした。プログラム中に参加者によるポスター発表が行われましたが、様々な領域から集まったメンバーであったため、これまであまりなじみのなかった分野の研究についても学ぶことができました。特にビッグデータを利用して生化学や化学生物学的な課題にアプローチするなど、異なる手法や領域から自分の関心のある分野の研究を進めている参加者がいると知って刺激になりました。研究に関することだけでなく、出身地の文化やこれまでの経歴など話題の尽きないメンバーであったと思います。

——どのようなプログラムでしたか?

森さん:プログラムは約2週間で、前半は様々なワークショップが行われました。初日にはstory tellingのプログラムがあり、自分が体験したことをいかに魅力的なストーリーにして他人に伝えるかをテーマとして講義が行われました。2日目はコロンバス市内にあるCAS本部を見学して、CAS SciFinderをはじめとするCASの情報ツール運営の裏側を見せていただきました。3日目にはコーチングのレッスン、4日目にはサイエンスコミュニケーションに関する講義がありました。5日目は近郊の病院の研究者とオンライン形式のパネルディスカッションがあり、研究の進め方から研究グループの運営方法までプロの研究者としてのあり方を学ぶ機会となりました。プログラム後半はデンバーに移動して米国化学会秋季大会に参加しました。

——最も印象深かったワークショップについて教えてください。

森さん:講師が学生役となってロールプレイを交えながら進んだコーチングのセッションが一番印象に残っていますね。コーチングには、指導者から学生への「一方向の指導」というイメージしか持っていませんでしたが、難しい学生役を演じる講師に対してオープンクエスチョンを駆使して話を引き出すという「双方向のやりとり」を体験することで、empathy(共感)がよりよいコーチングの鍵となることを学びました。日本ではロールプレイ形式の講義はあまり経験しておらずその点がまず印象的でしたし、コーチングというと自分からの発信に意識が向かいがちですが、質問をして相手を理解しようとするアクションの重要性を感じることができました。博士課程のときに学部生のメンターを引き受けたこともあったのですが、振り返ってみるとそのときはうまく導くことができていなかったとわかりますね。これからは、今回のセッションで学んだようなアプローチをぜひ取り入れたいです。

——ディスカッションは、どのように行われましたか?

森さん:どのセッションも、3人から6人のグループによる10分程度の短いディスカッションを挟みながら進みました。グループはランダムで、当日の朝に座った席によって決まります。講師は一方的に話すのではなく常に参加者に問いかけながら進めていたので、グループディスカッション以外の時間も全員が参加するディスカッションのような雰囲気でした。自分の意見を発信しようとする強い意志を持つ参加者ばかりで、当初は気後れしてしまいましたが、周りの雰囲気にも助けられて最後のほうではグループディスカッションにも加わることができるようになりました。また、誰もが、活発に議論していても冷静さを失わず、他の人の意見をきちんと聞いたうえで発信していました。どのセッションも、こうした雰囲気のディスカッションによって、正解が一つではない問いに対して一人ひとりの意見や気付きを積み重ね、包括的な答えに向かって進んでいく様子が非常に印象的でした。

——プログラムを通して森さんにとって新たな発見はありましたか?

森さん:実は前半のプログラムが終わる頃、少し自信をなくしていたんですよ。これまで日本で研究活動を行ってきて、英語で講義を受けたり学会発表をしたりすることや、留学生や外国の先生方と英語で話すことにハードルを感じたことはありませんでした。しかし、いざ今回のプログラムに身を置くと、思いどおりに発言したり、自由に議論に加わったりできずに歯がゆさを覚えました。自分の現在のレベルを客観的に見つめ直すよい機会になりました。
 10月からは、日本学術振興会特別研究員CPDの制度を利用して、ボストンのマサチューセッツ工科大学に博士研究員として勤務することが決まっています。今回の経験を生かして海外での研究生活をより一層充実したものにして成長していきたいと思います。

——CASスタッフについてどのような印象を持たれましたか?

森さん:CASのスタッフの方々には非常にお世話になりました。プログラム前日の夜には歓迎会が開かれ、そこで気さくに話しかけていただいたことで緊張をほぐすことができました。今回のプログラム期間中、複数の参加者が新型コロナウイルスに感染しましたが、検査キットの調達やスケジュール変更などCASスタッフの柔軟で迅速な対応のおかげで、プログラムの進行に支障をきたすことはありませんでした。

——今回のプログラムでCAS SciFinderやCASのデータベース作成など情報検索において新たな知見は得られましたか?

森さん:CAS本部を見学して、情報の登録などが手作業でされていることを知ってとても驚きました。CAS SciFinderの情報量や精度には感心していたのですが、それがCASのスタッフの方々の高度な専門性と地道な努力に支えられていることを知りました。また、最新の情報検索ツールであるCAS BioFinderの説明を聞いて、今後の創薬化学の分野に大きなインパクトを与える興味深いツールだと思いました。

——ディスカッション以外のアクティビティはいかがでしたか?

森さん:プログラム中に新型コロナウイルスの感染者が出たこともあって、残念ながら、全員で行動するようなアクティビティはなくなってしまったのですが、実は、プログラムの開催前から参加メンバーとはメッセージングアプリで連絡を取り合っていて、前日早めに到着していたメンバーと誘い合ってコロンバスの街を散策したり、ランチをしたりして打ち解けていました。その延長で、ディスカッション時間以外にも、コーヒーやお菓子を片手に議論やおしゃべりをして、様々な角度から参加者同士の交流を深めることができました。「今からマーケットに行くけど一緒に行く?」「ご飯食べに行くよ」「コーヒー飲みに行く人いる?」といったやりとりが、メッセージングアプリ上を飛び交っていました。

CAS本部にて

他のメンバーとコロンバス市内を散策した際の一枚

米国化学会秋季大会中のCAS Future Leaders交流会にて

――米国化学会秋季大会では何をされましたか?

森さん:Biological Chemistry Divisionのセッションで口頭発表を行いました。国際学会での口頭発表は初めてだったのでスライドの準備や発表練習は入念に行いました。終わった後にセッションのオーガナイザーの先生に褒めていただけたので、一生懸命に準備したかいがあったと思います。その他の時間は、CAS Future Leadersプログラムのメンバーと一緒にポスター発表会場をまわったり、お互いの発表を聞きに行ったりして引き続き交流を深めました。

米国化学会秋季大会の会場(Colorado Convention Center)にて

Biological Chemistry Divisionのセッションでの口頭発表

――米国化学会秋季大会についてご感想をお聞かせください。

森さん:会場の規模や展示の豪華さ、ランチセミナーなどのイベントの豊富さなど、日本国内の学会とはスケールが違いましたね。ただ、学会の規模が大きいこともあって、動き回っているうちに興味のある発表をいくつか聞き逃してしまったのが少し残念です。

――このプログラムを経験したことで森さんご自身の中に変化はありましたか?また今回の経験を将来どのように生かしていきたいですか?

森さん:このプログラムへの参加は、間違いなく自分のキャリアのターニングポイントです。世界中から集まった参加者とのかけがえのないコネクションができたことが一番の収穫です。このプログラムで学んだstory tellingやコーチングのスキルを、これからの研究者人生における人間関係や研究室運営、学会活動などに生かしていきたいと考えています。

――次回のプログラムに参加しようと考えている学生・博士研究員にメッセージをお願いします

森さん:必要な書類はそれほど多くないので、少しでも興味があればとにかく応募してみましょう。CASのスタッフによれば、1000人近い応募者の中から選出されるのは35人と競争率は高いですが、毎年、日本から採択されている方がいてチャンスは充分あると思います。応募に際して大事なのは業績や経歴ではなく、オリジナリティーや個性、独創性です。型にはまらず、自分はどんな研究者なのかをアピールできるエッセーを書くといいと思います。10年以上続くこのFuture Leadersプログラムのコミュニティーの一員になれるということは、研究者人生において大きな財産になります。ぜひあなたの熱意を伝えてみてください。

――プログラムで得た経験が今後の研究・教育活動に役立つことを願っております。貴重なお話をありがとうございました。

CAS について

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