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日本では経験できない夢のような時間でした

2022 CAS Future Leaders プログラムに参加して

2022 年 11 月掲載

京都大学大学院工学研究科材料化学専攻 博士後期課程 中尾研究室

藤井 郁哉(ふじい いくや)さん

CAS Future Leaders は世界中の情報検索に興味があり CAS SciFinderⁿ を日々活用している化学分野の博士研究員・大学院生を対象とした情報交換プログラムです。

CAS 本部にて 2022 CAS Future Leaders プログラム参加メンバー(藤井さんは前から2列目左から3番目)

米国化学会の情報部門CASが主催するCAS Future Leadersプログラムが、コロナ禍での中止を経て3年ぶりに開催され、多くの応募者の中から選ばれた29名の若手研究者が米国オハイオ州コロンバスに集いました。その中の一人として日本から参加した京都大学の藤井さんに、2022 CAS Future Leadersプログラムについて伺いました。

——藤井さんの研究テーマとCAS SciFinderⁿ の普段の活用法を教えてください。

藤井さん: 私は、錯体内に複数の金属イオンを持つことで新たな機能を示す異種複核金属錯体を設計し、これらの錯体を用いた新規触媒反応を開発することを研究テーマとしています。特に、炭素-フッ素結合や炭素-酸素結合などの不活性結合の変換に着目して研究を進めています。CAS SciFinderⁿ は、基質の合理的な合成方法の探索や化合物のデータ照合のほか、化学反応や物質に関する自身のアイデアについて、その新規性や反応機構の観点からの妥当性を文献から検討する目的で利用しています。CAS SciFinderⁿ の逆合成解析機能を使って、小説を読むような感覚で新たな化学反応や化合物との思いがけない出会いを楽しむこともあります。

Fujii, I.; Semba, K.; Nakao, Y. The Kumada–Tamao–Corriu Coupling Reaction Catalyzed by Rhodium–Aluminum Bimetallic Complexes. Org. Lett.2022, 24 (16), 3075-3079.
Fujii, I.; Semba, K.; Li, Q.-Z.; Sakaki, S.; Nakao, Y. Magnesiation of Aryl Fluorides Catalyzed by a Rhodium–Aluminum Complex. J. Am. Chem. Soc., 2020, 142 (27), 11647-11652.
Semba, K.; Fujii, I.; Nakao, Y. A PAlP Pincer Ligand Bearing a 2-Diphenylphosphinophenoxy Backbone. Inorganics, 2019, 7 (12), 140.

——プログラムに申し込まれたきっかけと動機を教えてください。

藤井さん: プログラムの存在は、以前からChem-Stationで取り上げられていたので知っており、世界中から集まる志の高い若手研究者と日夜議論を交わせるとは素晴らしい、いつか応募してみたいと思っていました。博士後期課程に進みその先の進路を考え始めたタイミングでACSからプログラムを案内するメールが届き、応募するのは今しかないと決意するにいたりました。とは言え、選ばれる自信があったわけではありません。

——プログラムへの参加決定後、周囲からはどのような反応がありましたか?

藤井さん:研究室のメンバーをはじめ皆さん喜んでくださいました。参加の通知を受けたときは信じられず実感がわきませんでしたが、周りから祝っていただいて気が引き締まりました。化学のバックグラウンドを持たない家族にも、このプログラムの参加者に選ばれたことは名誉なことだと伝わったようで嬉しかったです。

——どのようなプログラムでしたか?

藤井さん: 約2週間のプログラムの前半は、参加者と交流を深めながらワークショップに参加しました。このワークショップは若手研究者にとって有益な内容で構成されており、研究の内容を魅力的に伝えるためのStory tellingの技術や、CAS SciFinderⁿ や論文査読のプロセスについての知識、リーダー・メンターとしてのコーチング手法、社会に研究の価値を正しく伝えるためのソーシャルメディアの活用法などを、講師とのコミュニケーションを交えながら体系的に学ぶことができるものでした。また、世界に名だたる化学系企業のMerck社やDow社などに勤める化学者から話を聞いたり、オハイオ州立大学病院の医学研究者と議論したりと、貴重な経験が得られたと思います。プログラム後半は、イリノイ州シカゴに移動して米国化学会秋季大会に参加しました。

——どのような方が参加されていましたか?

藤井さん:参加者は29名で多くは大学院生もしくは博士研究員として米国で活動をしている一方、すでにハーバード大学でPIになっている方(Richard Liu博士)もいました。出身国はさまざまで、英国、ブラジル、オーストラリア、韓国からの参加もありました。専門分野も有機合成化学、生化学、薬学、材料化学、環境化学、計算化学、そして化学教育と幅広い領域にわたっていました。各参加者の研究領域や出身国によって、研究内容や研究環境が異なり興味深かったです。参加者は皆、疑問があればその場で質問し、至る所で会話を繰り広げていました。私も活発な雰囲気に刺激を受けて、すぐに打ち解けることができました。

――どのようなディスカッションが行われましたか?

藤井さん:プログラム前半は、毎日朝から夕方までワークショップの予定がびっしり詰まっていました。しかし、講義形式とディスカッション形式が半々のうえ、講義形式の場合も演者から質問されたり意見を求められたりするので、濃密なスケジュールにもかかわらず常に白熱していました。また、グループワークでは、お互いの意見を尊重してより良い提案を全員で作っていこうとする参加者一人ひとりの姿勢が感じられ、有意義な時間であったと思います。

――ディスカッションで印象に残っているトピックスをご紹介ください。

藤井さん:コーチングのセッションが行われた一日は、とても大変でしたが忘れられない一日です。まず講義形式で、部下と信頼関係を築くうえで意識することや、指導する側が見落としがちな問題とその解決法を学びました。その後のグループワークでは、私が決めた設定でロールプレイを行い、良かった点や改善すべき点についてフィードバックをもらうことができました。また、参加者が口にする指導者とのエピソードなどから、海外では指導者がどのように振る舞っているか具体的に知ることができました。私はこれまでこのようなセッションを受けたことがなく、今回のプログラムで一番楽しみにしていました。その期待と違わず最も印象的で刺激的なセッションで、相手を理解し信頼関係を築くことの重要性を強く感じたことから、帰国後は相手の立場になって考えることに意識が向かっています。日本ではコーチングに焦点を絞ったワークショップはまだ珍しいので、貴重な経験でした。

――ディスカッションで藤井さんにとって新たな発見はありましたか?

藤井さん:米国では、ソーシャルメディアを活用して、サイエンスをより多くの人に開かれたものにしようとする試みが非常に盛んなことがわかりました。Dorea Reeser氏からはTwitterやLinkedInなどのアカウントが就職活動にも大きく影響することや、異なるタイプのメディアを利用することでより効率的に発信できることを学びました。また、“Mr. Fascinate”として知られるJustin Shaifer氏の講義では、サイエンスを社会に楽しくわかりやすく伝えるための動画作成方法を学びました。次世代を担う中高生にもっと化学への興味を持ってもらうために、私たちの世代が率先してソーシャルメディアを活用していく必要があると痛感しています。

――CASスタッフとのディスカッションについてどのような印象を持たれましたか?

藤井さん:スタッフ全員が、化学の発展に対する使命の基にあるという印象を受けました。プログラムの参加者からも積極的に意見や要望を収集しようとする姿勢から、研究者に寄り添い最高のサービスを提供する化学情報部門としての熱い思いとプライドを感じました。

――今回のプログラムでCAS SciFinderⁿ やCASのデータベース作成など情報検索において新たな知見は得られましたか?

藤井さん:CAS SciFinderⁿ のインターフェースは、タブの配置をはじめとしてすべての要素が使いやすさを考え抜いて設計されていることを知りました。また、関連する研究論文を効果的に提案し検索時間の削減につながるようなアルゴリズムが搭載されているとのことでした。データサイエンスの進化を感じられる開発中の検索方法についても伺い、実装される日を楽しみにしています。

――ディスカッション以外のアクティビティはいかがでしたか?

藤井さん:個人では体験できないイベントばかりで夢のような時間でした。特に、マイナーリーグAAAのコロンバス・クリッパーズの本拠地ハンティントン・パークで、バックスクリーンに映るCASのロゴを背景にキックボールができたことは思い出深いです。また、プログラムが始まる前夜の歓迎会では、参加者がグループに分かれて料理を作りました。この共同作業を通して参加者たちとの距離が自然に縮まったと思います。その後も毎晩イベントが開催され、CASスタッフとも親睦を深めることができました。CAS本部の巨大なコンピューター施設にも案内していただき、CAS SciFinderⁿ のサーバーを目の当たりにして圧倒されました。そのサーバーの制御室には日本時間が表示されていて、日本が科学大国として認識されている事実を今も感慨深く受け 止めています。

――米国化学会秋季大会では何をされましたか?

藤井さん:米国化学会秋季大会ではポスター発表を行いました。興味を持ってポスターを見に来てくれる人が思っていたよりも多く、企業のリクルーターなども含めて10名以上の人と話すことができよかったです。また、著名な教授たちの講演をたくさん聴き、研究内容はもちろん発表そのものがとても面白く勉強になりました。ノーベル化学賞受賞者であるRobert Grubbs教授の追悼セッションもあり、Grubbs教授がメタセシスに用いる触媒開発を通して化学分野に与えた影響力の大きさが心に残りました。

――米国化学会秋季大会についてご感想をお聞かせください。

藤井さん:学会会場は自転車で移動したくなるほど広大で、日本との規模の違いに驚きました。また、学会参加者は自分の専門分野や求職中であることをアピールするためにネームタグを装飾していたり、会場の至る所で名刺交換が活発に行われていたりして、学会が単なる研究発表の場ではなく就職活動や交流の場であることを実感しました。

――CASの参加者に対する姿勢はいかがでしたか?

藤井さん:常に決まったスタッフが対応してくださり、不自由なく過ごせました。また、交通費、宿泊費、学会参加費などほぼすべての費用は支給され、用意していただいたホテルも食事も申し分なく素晴らしかったです。さらに、日本など遠方からの参加者には時差への適応を考慮して前泊できるように手配されていました。そのおかげで集中してプログラムを過ごせたと思います。

――このプログラムを経験したことで藤井さんご自身の中に変化はありましたか?また今回の経験を将来どのように生かしていきたいですか?

藤井さん:異なる文化、異なる分野で研究する参加者と交流したことで、日本の研究・教育現場の現状や抱えている問題点を俯瞰的に認識することができました。また、研究内容だけではなく研究活動を取り巻く環境や人間関係の大切さにも気付きました。これからは、良きメンターを目指してコーチングのセッションで学んだことを実践し、その重要性を周囲にも伝えていきたいです。さらに、過去そして未来のCAS Future Leaders参加者たちと今後も交流を続けて科学の発展に貢献できたら嬉しいです。

――次回のプログラムに参加しようと考えている学生・博士研究員にメッセージをお願いします

藤井さん:ぜひ応募しましょう。CAS Future Leadersプログラムでは、言葉では表し尽くせない夢のような時間を過ごせます。世界各国の活発な若手化学者たちと寝食を共にする ことで「強く太いつながり」を築くことができるでしょう。英語力を心配に思うかもしれませんが、自分の考えをしっかりと持ち、その考えに自信を持って話すことのほうが大切です。それができるかどうかは、英語を流暢に話せるかどうかとは関係ないように感じました。自信を持って英語でコミュニケーションができるよう普段から意識していれば、プログラムで提供されることすべてを余すところなく体験できます。

――プログラムに対するご意見・ご要望などありましたらお知らせください

藤井さん:強いて要望を挙げるとすれば、コロンバスでCOSI(Center of Science and Industry)を訪問しセンターの方からSTEM教育への貢献などの話を伺ったので、実際に展示物を見る時間もあると良かったです。また、米国化学会秋季大会で、過去のプログラム参加者と交流するネットワーキングイベントの時間とポスター発表の時間とが重なって、イベントには途中までしか参加できなかったことが残念でした。しかし総じてCASのプログラム企画力は素晴らしかったです。最後になりますが、CASなど本プログラム関係の皆さまへの感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

――プログラムで得た経験が今後の研究・教育活動に役立つことを願っております。本日はどうもありがとうございました。

CAS について

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