Three Twentysix – 化学を世界に説明する(アンドリュー・ロバートソン先生)
化学コミュニケーション賞2023受賞者インタビュー
2025年2月掲載
以下は英文版のインタビュー記事を要約した記事です。
九州大学大学院工学研究院准教授
アンドリュー・ロバートソン先生
2023年度化学コミュニケーション賞を受賞された九州大学のアンドリュー・ロバートソン准教授に、受賞の背景と活動についてお話を伺いました。ロバートソン博士は、複雑な化学概念を視覚的にわかりやすく解説するYouTubeチャンネル「Three Twentysix」を運営しています。このインタビューでは、チャンネルの生い立ち、教育コンテンツ作成上のご苦労、受賞の反響、そしてチャンネルの普及拡大のための今後の計画についてお伺いしました。
化学コミュニケーション賞受賞のきっかけと影響
応募のきっかけは大学でポスターを見たことです。応募しなかったら後悔するのではないかと思い応募しました。(受賞の知らせを聞いたときは)全く予想していなかったので、とても驚きましたし嬉しかったです。
チームの努力がこのような名誉ある形で認められたことでメンバーの士気も高まり、また、化学コミュニケーションの価値を再確認することにもなりました。さらに、大学に対してもこのプロジェクトが有益で価値のあるものであることを示す良い機会になりました。
本賞を受賞したことは、プロとしての信頼性や価値の証となりますし、コラボレーションの実現やリソースの獲得にも門戸を開いてくれると思います。
Three Twentysixの生い立ち
「Three Twentysix」のアイデアは、実験の合間に研究室を歩き回りながら、教科書には載っていない化学的概念を説明する方法を考えていたときに生まれました。YouTubeもたくさん見ていましたし、生徒や化学者でない人にもアピールできる面白いスケッチのアイデアも持っていました。「エデュテインメント・ビデオを作り、アカデミックな講義よりも人々に興味を持ってもらえるかどうか」を確認するという提案書を書いたところ、幸いにも助成金が受理され、最終的にはそれがきっかけでこのチャンネルを始めることになりました。
チャンネルを開始する上での最大の課題は、実用的なスキルやソフトウェアのスキルを学ぶことと、必要な時間と労力をどう捻出するかでした。始める前は動画は10分で撮影して1時間で編集できるなどとたかをくくっていましたが、実際やってみると思った以上に時間がかかることがわかりました。
チャンネルでは、ユーモアや視覚的な補助を使って、従来の教科書とは異なる方法で化学の概念を提供したいと思っていました。開始から3年以内に1万人の登録者を目標としていましたが、現在は9万人を超えています。
チャンネル名の「Three Twentysix」ですが、元素番号3のリチウム(Li)と元素番号26の鉄(Fe)からきています。これを組み合わせると「LIFE(生命)」になります。化学と生活の良い繋がりになると思いました。
視聴者とコンテンツの定義
どんなコミュニケーション活動においても、「視聴者」と「何を提供するか」を明確にすることが重要です。最初は幅広い視聴者向けにビデオを作っていましたが、それではYouTubeではうまくいきません。ユーチューブの専門家からのフィードバックと指導を得て、化学に関する知識や関心を持つ人々に焦点を当てるべきと気づきました。この方針転換で、チャンネルは成長し、より関連性の高い魅力的なコンテンツを作成できるようになりました。現在、化学平衡に関する動画を作成中ですが、これは、化学を学ぶ学生には役立ちますが一般の視聴者はあまり興味を持たないでしょう。
私のチャンネルのユニークな点は、複雑な概念を理解しやすく視覚化する方法に焦点を当てていることです。視聴者が理解しやすいよう3Dグラフィックスやアニメーションを使用しています。このアプローチは、学術的な問題解決や派手な実験に焦点を当てる他のチャンネルとは一線を画しています。最もうまくいったもの一つは、原子軌道に関するものです。3Dアニメーションを使用して、軌道がどのように重なり合い相互作用するかを示した動画ですが、これは教科書の図だけでは視覚化が難しい概念です。
コンテンツ制作における困難
最初の困難はスクリプトの作成です。面白く、適切な時間内に収まる、間違いのないスクリプトを書くには数週間を要します。アニメーション化しやすいものを選ばなければなりません。編集も大きな作業でスクリプト作成と同じくらい時間がかかり一本の動画を作成するのに約6週間かかります。
タイムマネジメントも大きな課題です。自らの本来の職責もありますので、それを全うしつつ、脚本作成、撮影、編集の要求事項をクリアすることは本当に大変です。また、コンテンツの科学的正確性を確保しつつ、魅力的で親しみやすいコンテンツにするために、編集上、厳しい決断を迫られることもあります。視聴者を飽きさせないようにしなければならないし、ビデオに大きな間違いを残すのも怖いです。
コンテンツの正確性を確保するために、私は何よりもまず、「自分が知っていること」について書くようにしています。疑問があれば、後で教科書やインターネットで自分の言っていることが本当に正しいか確認するようにしています。これまで、用語の細かい間違いなどいくつかの小さな間違いしかしていませんが、常に注意を怠らないようにしています。
チームワークの役割
学生たちから大きな助けを得ています。特に、Jirapathiran Hiranpakorn(ジラパティラン・ヒランパコーン)とMaria Sucianto(マリア・スチアント)の両名は大変重要で、本賞の共同受賞者として名前を挙げさせていただきました。
ジラパティランの航空工学とアニメーションの専門知識は、詳細で正確なビジュアルを作成するために不可欠でした。マリアはグラフィックデザイナーであり、彼女のスキルはサムネイルや全体的なビジュアルプレゼンテーションを変革しました。
チームをマネージするためには、「明解なコミュニケーション」と「仕事を任せること」が必要です。私は、全員が自分の役割と責任を理解しているかどうかを確認します。定期的な会議とフィードバックセッションは、全員が進むべき道を進むこと、またモチベーションを維持するのに役立ちます。とはいえ、私のチームはすべてボランティアとしてスタートするので、プロフェッショナルな基準を保ちつつもリラックスした雰囲気を維持するというバランスも必要です。
協力者はこれまでのところ、プロジェクトに参加したいと熱望する学生のみで構成されています。関わりたいという強い意欲と必要なスキルを持つ人を切に探しています。これからは一緒に仕事ができるプロフェッショナルを見つけるためにもっと網を広げていくつもりです。
次のステップに進むためには、学生がパートタイムでこなすには厳しい作業負荷が求められるからです。
科学コミュニケーションの領域でコラボレーションしたいと考える人には、①自分が何を提供でき、その見返りとして何を受け取る必要があるのかをクリアにする、②全員が自分の責任を最初から理解し、その責任を守るようにする、最後に、③必ずコミュニケーションを保つことが大事だとアドバイスします。コラボレーションは楽しみのためかもしれないし、仕事上の目標のためかもしれませんが、成功するコラボレーションはすべて、これらの基本的な要素を備えています。
視聴者からのフィードバックと繋がり
チャンネルの視聴者は主に18歳から30歳の年齢層で、高校生や大学生を対象とするという私たちの期待に合致していますが、中学生以上のすべての年齢層にわたっています。チャンネルが英語であるため、視聴者のトップは国別では、アメリカとイギリス、そしてインドが3番目に多くなっています。しかし、視聴者は非常に国際色豊かで、パキスタン、タンザニアなど人間開発指数(HDI)の低い国からの視聴者も多くいます。最近ではエチオピアからのコメントもありました。
ただ、残念なことは、視聴者のほとんどが男性だということ、女性視聴者の目に留まり利用してもらうにはやるべきことがたくさんあります。これは私の優先事項です。一つの方法はチャンネルに女性のプレゼンターを登場させることです。そのため、時間があり、カメラの前でも自然体でいられる、できれば福岡在住の女性化学者を積極的に探していますが、難しい条件です。
視聴者とは、動画のコメントやソーシャルメディアを通じて直接対話しています。しかし、コメントが非常に多く、どこまで返信するか判断が難しいです。今年後半には、視聴者が直接質問できるライブQ&Aセッションを開催する予定です。
視聴者からのフィードバックの大多数はポジティブですが、ネガティブなコメントもあります。実際、最初のネガティブなコメントを受け取ったときはとても嬉しかったです。なぜなら、それは私の視聴者が友人や親戚を超えて広がったことを意味しているからです。しかし、最も好きなコメントは、私の説明方法が好きだと言ってくれる人々からのものです。これまで特に印象に残ったコメントは「数十年前にこの動画を見られたらよかったのに」「私の動画が教室で貴重なリソースになった」などで、非常に報われた気持ちになりました。
チャネルの今後の方向性と目標
私や類似のチャンネルのコメントに基づけば、100万人の購読者を目指すのが妥当な目標といえます。しかし、そのレベルに到達するには、私のアウトプットを倍増させる必要があります。重要なことは、その数の登録者がいれば、著名な科学者に連絡を取り、コラボレーションやインタビューなどに招待できうるということです。達成するためには、プロフェッショナルなチームを採用し、多言語の動画で私たちの影響範囲を拡大する必要があります。そうすれば、新しいトピックスも探求することができます。つまり、購読者の数よりもその数を使って何ができるかが重要だと思っています。最終的には、我々がいなければ化学に興味を持たなかったかもしれない世界中の人々にも、化学をアクセスしやすくすることが目標です。ただ、チャンネルが成長するにつれて、質と量のバランスを取ることが最大の問題となってきます。YouTubeひとたび成長が止まるとオススメをやめてしまい、コンテンツクリエイターが数年後には燃え尽きてしまうといったことがしばしばあります。
新しいトピックスとしてはいくつかのアイデアがあります。一つは医薬品化学、さまざまな薬がどのように機能するかまたその背後にある科学を探求したい。もう一つは科学哲学、科学的知識がどのように発展し検証されるかを議論したいと思っています。それ以外にも非常に沢山のアイデアリストがありますがそのほとんどはおそらく実現しないでしょう。
ロバートソン博士の長期的な将来計画
私の長い道のりは、非生物化学物質と生物システムの間の興味深い境界を探る自己複製分子に関する博士号から始まりました。博士号取得後、化学から一時的に離れ、自分のビジネスを始めました。この休憩は新しい視点を与えてくれ、非生物化学物質と生物システムを区別する理論的枠組みを開発するインスピレーションを得ました。これらのアイデアを発展させるために化学に戻り、今ここにいます。
私は、非生物システムと生物システムの間に明確な境界線を引くことができると考えています。しかし、このアイデアを具体的な理論的基盤に乗せるためには、数学的な専門知識が必要です。そこで数学者とのコラボレーションが重要になります。もともとは、自分で生物システムを開発する計画だったのですが、Three Twentysixの研究助成金を獲得した時点で、それは後回しにせざるを得なくなりました。だから今は、このプラットフォームの影響力を利用して、興味を持ってくれそうな数学者にアプローチしようと思っています。型破りかもしれませんが、『私の名前はアンドリュー・ロバートソンで、あなたの研究について聞きたいという購読者が100万人います』というのは、共同研究の申し出を切り出すには良い方法ですよね!
なお、 Three Twentysixや関連するチャンネルのために、このプロセス全体をビデオに記録する計画です。視聴者にリアルタイムで見せることで、科学が実際にどのように機能しているのか、単に人々が奇抜なアイデアを思いつくわけではないということを見せたいと思っています。今は、科学者だけが科学的アイデアが思考から発表に至るまでの全過程を理解していますので、それを視聴者にもわかるようにしたいと思っています。
【編集後記】
ロバートソン博士とのインタビューを通じて、彼のYouTubeチャンネル「Three Twentysix」を通じて複雑な化学概念を視覚的に理解しやすい方法で伝える努力に感銘を受けました。彼の情熱と創意工夫は、視聴者に化学の魅力を伝えるだけでなく、教育の分野でも重要な役割を果たしています。彼が活動を拡大し、多くの人々に化学の楽しさと重要性を伝え続けることを期待しています。
略歴
アンドリュー・ロバートソン(Andrew Robertson)博士
九州大学工学部国際教育部門の准教授。1998年にバーミンガム大学で超分子化学の博士号を取得。彼の研究分野にはシステム化学、STEM教育などが含まれる。これまで様々な科学雑誌に14の論文を発表している。現在は九州大学で化学と科学コミュニケーションを教えている。2022年7月以来、化学の普及と教育に焦点を当てたYouTubeチャンネルThree Twentysixを運営。